ドイツの政財界は交通部門の炭素中立(カーボンニュートラル)実現に向けて水素をフルに活用する意向だ。水素を二酸化炭素(CO2)排出削減目標の達成に必要不可欠なエネルギー源と位置付け、水素それ自体としてのほか、水素ベースの合成燃料「eフューエル」として自動車や航空機、船舶に投入することを目指している。自動車では現在、電力を動力源とする電気自動車(EV)とプラグインハイブリッド車(PHV)の生産・販売が急速に増えているが、長期的には燃料電池車(FCV)と、eフューエルを用いる内燃機関車が重要性を大幅に増す可能性がある。
同国の1~11月の新車登録台数をみると、EVは前年同期比161.6%増の15万492台、PHVは同305.8%増の16万1,362台へと大きく拡大した。購入補助金の上乗せで以前に比べ割安感が高まっていることが大きい。
新車に占めるシェアはEVが5.8%、PHVが6.2%に上る。11月に限るとそれぞれ10.0%、10.6%に達しており、合計すると全体の20%以上を占めている。
メーカーはEVの普及促進に向けて低価格化に取り組んでおり、需要の拡大は当面、続く見通しだ。充電インフラ整備に向けた官民の取り組みも追い風となる。
こうした流れに連動して自動車メーカーはEV・PHVモデルの種類を急速に増やしている。ただ、ドイツ各社の動力源に対する姿勢は同一でない。
最大手のフォルクスワーゲン(VW)はEVを事業戦略の中心に据えている。EV専用プラットホーム「MEB」、「PPE」の採用車を増やし、規模の効果でコストを圧縮する狙いだ。
同社のヘルベルト・ディース社長は昨年、欧州連合(EU)の排ガス規制に対応するために自動車の公的助成策を大きく改める必要があると主張。ディーゼル車の燃料である軽油の税優遇策と、動力源として化石燃料を併用するPHVの補助金をともに廃止し、公的助成の対象をEVに絞り込むことを独自動車工業会(VDA)は要求していくべきだと訴えた。
これに対する他のメーカーの反応は冷ややかだった。大型モデルが多い高級車メーカーはPHVをCO2排出削減規制の達成に必要不可欠とみているうえ、FCVとeフューエルの将来に期待をかけているためだ。BMWのハラルド・クリューガー社長(当時)は、特定の技術に肩入れせずすべての動力源を平等に取り扱う「技術の寛容性の原則(Prinzip der Technologieoffenheit)」は必要不可欠だと反論。VDAにはエンジン部品を製造するサプライヤーが多く加盟していることもあり、ディース社長は要求撤回に追い込まれた。
南米でeフューエルの量産プロジェクト
ドイツ政府とEUが水素経済実現に向けた戦略を今年、相次いで打ち出したことはFCVとeフューエルに追い風となっている。独・EUの構想通りに、再生可能エネルギー電力を用いて製造する「グリーン水素」と、グリーン水素ベースのeフューエルを低コストで生産できるようになれば、FCVは普及の突破口が開け、内燃機関車は長期的に製造と販売を続けることが可能になるためだ。水素供給スタンド網が整備されれば、ダイムラーは先ごろ凍結した燃料電池乗用車の生産を再開するとみられる。BMWのオリファー・チプセ社長は業界紙『アウトモビルボッヘ』に、2013年に開始した燃料電池分野でのトヨタ自動車との協業を25年以降も継続したいと述べており、将来のFCV投入を念頭に置いているもようだ。
VW傘下の高級スポーツ車メーカー、ポルシェはeフューエルの実用化に向けてエネルギー設備大手のシーメンス・エナジーなどと共同プロジェクトを実施する。マゼラン海峡に接し風力の多いチリ南部のマガジャネス州にグリーン水素とeフューエルを製造する世界初の総合施設を建設。製造されたeフューエルの主要な引き取り手となり、まずはモータースポーツや体験センターで使用する。自社ブランドの量産車に搭載することを視野に入れている。
同プロジェクトでは22年にeフューエルのパイロット生産を開始する。生産規模は年およそ13万リットル。24年までにこれを約5,500万リットル、26年までには約5億5,000万リットルへと拡大する。
ポルシェのオリファー・ブルーメ最高経営責任者(CEO)は、eフューエルは内燃機関車とPHVに投入できるうえ、既存のガソリンスタンド網で販売することもできると指摘。電動モビリティの補完に適した燃料だとの認識を示した。
ドイツ政府は800万ユーロの補助金を交付する。同国の将来の巨大なグリーン水素需要を賄うためには風力ないし太陽エネルギーが豊富な国外で水素を生産する必要があることから、政府はそうした国と協業することを水素戦略で打ち出している。協業相手国で低コスト生産した水素をドイツに大量輸入する考えだ。
シーメンス・エナジーのクリスティアン・ブルッフCEOは、再生エネは消費地でなく、風力や太陽光などの資源が豊富な地域で生産すべきだと指摘。再生エネ由来の水素を輸送することで新しいサプライチェーンが世界的に構築されることになり、ドイツは消費地として恩恵を受けるとの見方を示した。