ドイツ政府は9月29日、高騰している天然ガス・電力価格を引き下げるための措置を実施すると発表した。一般世帯と企業に極度の負担がかかり、家計・経営破たんが急増することを防ぐ狙い。これに伴い、ガス調達コストの膨張で資金繰りが悪化している輸入会社を需要家の分担金を通して支援する措置は導入しないことにした。
ウクライナに対するロシアの軍事侵攻を受け、欧州のエネルギー価格は高騰している。ドイツが強く依存してきたロシア産天然ガスは供給が停止。これが天然ガスだけでなく電力価格も高騰させ、市民生活と経済活動に大きな影を落としていることから、政府は市場への介入を通してガス・電力料金を引き下げることにした。
具体的には、使用量が一定限度以内であれば、市場価格を下回る料金が適用されるようにする。欧州では現在、ガス・電力の供給量が限られることから、使用量が一定限度を超えた分については高額な市場価格を適用。省エネに取り組むインセンティブが働くようにし、暖房需要が増える冬季にエネルギー不足が発生しないようにする。
財源は、電力先物価格の高騰でエネルギー企業が得ている超過利潤の制限と、国の経済安定化基金(WSF)が最大2,000億ユーロの資金を市場調達することで確保する。
天然ガスについては価格引き下げの具体策を政府の諮問委員会が提言する。同委のヴェロニカ・グリム委員長は『フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)』紙に、「(国内の)ガス供給不足が発生すると、ガス価格上限規制の有無にかかわらずすべてが台無しになる」と指摘。そうした事態を避けるため、制度設計ではガス消費抑制のインセンティブが働くことを最優先すると明言した。
天然ガス調達コストの急増で経営が悪化している輸入会社の支援はWSFが調達する資金を通して行う。これらの企業を支援するための資金をガス分担金で確保すると、ガス料金が一段と高騰し、需要家である世帯・企業負担のさらなる増加につながることから、政府は分担金の導入を取り止めた。本来の計画では10月1日付で実施されることになっていたが、政府は同計画の実施に向けて策定した政令の取り消し政令案を29日の閣議で了承した。取り消し政令は4日に発効、1日にさかのぼって施行された。
ガス分担金の導入に伴う世帯・企業の負担を軽減するため、天然ガスには付加価値税の軽減税率(7%)が適用されることになっていた。政府は今回、軽減税率適用方針を維持するとともに、適用対象を地域熱にも拡大する意向を表明した。
WSFは財源確保の起債権限を年内に付与される。新規債務の制限を定めた基本法(憲法)の「債務ブレーキ」ルールはコロナ禍対策で今年度まで適用が除外されていることから、憲法上の問題は発生しない。
EU共同債発行論議を誘発
ドイツが国内のガス価格を引き下げるために巨額債務を行う方針を打ち出したことに対しては、欧州連合(EU)加盟国から批判が出ている。イタリアのドラギ首相は「各国の国家予算が持つゆとり度に沿って欧州が分断されてはならない」と発言。エネルギー危機への対策ではEU内で足並みをそろえる必要があるとして、ドイツが打ち出した方針は域内市場に「危険で不当な歪み」をもたらしかねないと警戒感を示した。
背景には、ガス価格などを引き下げるための巨額財政出動を行えない加盟国が多いという事情がある。そうした措置を取れない国の企業は域内市場で不利になりかねない。批判はハンガリーのオルバン首相やスペインのリベラ・エネルギー相からも出ている。
欧州委員会のブレトン委員(域内市場担当)とジェンティローニ委員(経済担当)は4日付FAZ紙への寄稿文で「ドイツの単独行動」を問題視したうえで、EU共同債の発行を通してすべての加盟国がエネルギー危機に平等に対処できるようにすべきだと訴えた。
EUではコロナ禍に対処するため、2020年にEU共同債が初めて発行された。同債は財政状況が悪く資金調達コストが高いイタリアなどが導入を強く求めてきたもの。それまでは財政が安定しているドイツやオランダなどの強い反対で実現しなかったが、コロナ禍対策に必要な巨額資金を全加盟国が得るためには共同債以外に手段がなかったことから、1回限りの例外措置として実現した経緯がある。これを恒常化させたいという思惑はフランスや南欧諸国を中心に根強い。エネルギー危機を利用して共同債をなし崩し的に常態化させる狙いが透けて見える。