独Ifo経済研究所のクレメンス・フュスト所長は17日付『フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)』紙への寄稿文で、独・欧州が取るべき産業政策を提言した。米国のインフレ抑制法(IRA)に対抗するため巨額の助成政策が検討されている現状に警鐘を鳴らす内容で、競争力や価格低下につながるなど効果の高い分野に補助金を限定するよう求めている。補助金で工場を誘致することには否定的だ。
「欧州が必要とする産業政策は何か」という題の寄稿文ではまず、産業政策の「母国」フランスで超音速旅客機「コンコルド」やコンピューター産業育成政策「キャルキュール」など国家主導のプロジェクトの多くが税金の無駄遣いに終わった現実を指摘。総付加価値に占める製造業の割合が低下し続け現在では10%を割り込み、ドイツの18%を大幅に下回っていることも併せて示し、大規模な産業政策を行っても必ずしも成果が出ないことを明らかにした。
そのうえで、産業政策が欧州で現在、「再発見」されている理由として◇製造業の脱炭素化を、産業空洞化を招かずに実現することは難しい課題であること◇ロシアのウクライナ進攻により、地政学的な対立が起きた場合、特定の国に経済面で強く依存するリスクが鮮明になった――の2点を挙げた。経済のGXに関しては気候保護だけでなく、温暖化防止技術分野で主導権を握るという狙いがあることも指摘した。
こうした背景があるなかで、米国が電気自動車(BEV)やヒートポンプなど環境にやさしい製品に補助金を交付するIRAを策定・施行したことから、欧州は危機感を示している。補助金の対象になるのは米国ないし自由貿易協定締結国の製品に限られるためだ。欧州連合(EU)は自由貿易協定を米国と結んでいないこといから、欧州メーカーが米国に製造移管する懸念がある。
EUでは対抗策として新たな補助金プログラムの実施要求が出ている。これに絡んでフュスト氏は、IRAにより米国が受けるメリットが過大評価されていると指摘する。具体的には◇IRAの補助金の財源は増税で賄われることから、現地企業の負担は増える◇国外から誘致したメーカーは助成期間の終了後、撤退するリスクが高い――が見落とされているという。
こうした点を踏まえてうえで、独・欧州の政策当事者はどのような政策を取るべきなのだろうか。同氏は、産業政策の結果、自立して競争力を持つ産業が立ち上がらなければ公的資金の無駄遣いになるとしたうえで、炭素中立に向けた経済のGXでは、技術革新とコスト削減効果が大きい研究・開発分野の促進策が有効だと論じた。具体例として、ソーラー発電設備と風力発電タービンの製造コストがイノベーションを通して2010~20年の10年間でそれぞれ90%、50%低下した事実を指摘。同様の効果は水素経済と鉄鋼生産の脱炭素化でも期待できるとの見方を示した。補助金で電池工場などを誘致してもそうした効果は得られないとしている。
気候政策の単独行には限界あり
EU域内の企業が二酸化炭素(CO2)排出規制の緩い域外の第三国に生産拠点を移す「カーボンリーケージ」を防ぐために国境調整措置の導入と助金交付に踏み切ることも適切だと指摘した。そうした措置がなければEUの製造業が空洞化するためだ。ただ、グリーン水素を用いて域内で製造した割高な鉄鋼製品が域外市場で競争力を保てるようにするために補助金を交付するのは一時的にすべきだとの認識も示した。EU域外の国がCO2排出量の多い従来製法で製品を供給し続ける結果、補助金が恒常化するのは割が合わないためで、EUが気候政策を単独で行うことには限界があるとしている。
EUの補助金財源については、コロナ復興基金「次世代EU(NGEU)」で十分な規模をすでに確保しているとの認識を示した。総額8,000億ユーロのうち少なくとも37%(2,960億ユーロ)がGX分野に充てられるためだ。イタリアやスペインなど税収が少なく累積債務の多い国に優先配分されることから、ドイツやオランダなど財政健全国が補助金政策で優位に立つという懸念も相対化されるとしている。個々の補助金政策に絡んではイノベーション重視の姿勢を堅持し、費用対効果が得られない工場誘致合戦への発展を回避すべきだと強調する。
フュスト氏は最後に、補助金だけが産業政策であるわけではないことを指摘した。EUの競争力を高めるためには、エネルギーの安定供給と価格低下、企業の不要な負担の廃止、税負担の軽減、個人データ保護規制がデジタル事業モデル開発のネックとなっている現状の是正、企業がEU域内で国境を越えて事業を展開しやすくするための改革などが必要だとしている。