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2019/9/18

総合 - ドイツ経済ニュース

自動車業界で問題噴出、会長辞任へ

この記事の要約

EVだけでなくPHVも助成の対象にするというVDAの要求方針を堅持することで合意が成立した。

これを念頭にIAAをべルリンで開催し、同地で9月に開催される家電見本市「IFA」と連携させるという案もある。

IAAは1951年以降、一貫してフランクフルトで開催されてきた。

アンゲラ・メルケル首相を招いて12日に華々しく開幕したフランクフルト国際モーターショー(IAA)に3つの問題が暗い影を落としている。一つは地球温暖化を背景とする自動車に対する風当たりの強まり、もう一つは主催者である独自動車工業会(VDA)のあり方・方針をめぐる争い、3つ目はIAAの存在意義に対する疑問だ。開幕日の夕方にはVDAのベルンハルト・マッテス会長が突然の辞意表明を行っており、ドイツの自動車業界が置かれている状況の難しさがうかがわれる。

自動車最大手のフォルクスワーゲン(VW)は今回のIAAで、次世代電気自動車(EV)の第一弾としてコンパクトカー「ID.3」を初公開した。ID.3はEV専用車台である「MEB」を採用した初のモデルで、「ビートル」「ゴルフ」に続く「VWブランドの歴史における戦略的に非常に重要な3番目の時代の扉を開く」モデルと位置づけられている。VWグループは2028年までにMEB採用車を2,200万台、販売する目標を打ち出しており、そのトップバッターであるID.3に大きな期待を寄せている。

EVなどの電動車には他のメーカーも力を入れており、電動車は近い将来、本格的な普及期に入る見通しだ。

だが、メーカーのこうした取り組みに対しては、環境保護団体などから「(環境に配慮しているかのように装ってごまかす)グリーンウォッシングだ」との批判が出ている。環境に優しいEVの投入を強くアピールする一方で、排気量が大きく二酸化炭素(CO2)排出量が多いSUVの販売を強化しているためだ。

温暖化など環境問題に対する市民の意識は年々高まっており、今回のIAAに対しては大規模な抗議活動が展開された。開幕後初の週末となった13日にはフランクフルト周辺の複数の地域を出発した自転車デモ隊が13ルートに分かれて走行。IAAの会場前で歩行デモ隊と合流し、「化け物SUVと汚染をまき散らす車の販売ショーは要らない」などと気勢を上げた。参加者数は主催者発表で2万5,000人、警察発表でも1万5,000人に達した。翌日は「伝動装置の砂」という団体が見本市会場への入場を阻止する活動を行った。

IAAに対し大きな抗議活動が行われたのは今回が初めて。15日のIAA来場者数が約5万人だったことを踏まえると、抗議活動への参加者数は軽視できない。

欧州では地球温暖化対策の強化を求める青少年の抗議活動「フライデー・フォー・フューチャー」が盛り上がるなど、内燃機関車に対する批判的な見方は若年層で特に強い。これらの層が将来、自動車に背を向けることは大きな問題であり、業界の危機感は大きい。VDAはこれを踏まえ今回、環境保護の活動家などとの議論の場を設置。自動車業界側の代表として参加したVWのヘルベルト・ディース社長は、EVへの転換に必要な資金を得るためにはSUVを販売して利益を得ることが必要だと述べ、理解を求めた。

辞任の背景に内部対立

VDAは12日、マッテス会長が年末で辞任する意向を理事会に伝えた発表した。理由を明らかにしていないうえ、重大イベントであるIAAの開催中に発表したことから、背景に大きな問題が隠れているとみ`れる。

複数のメディア報道によると、VWがマッテス会長の解任に向けて後任者探しをヘッドハンティング会社に委託したことから、これを察した同会長が解任される前に辞意表明したもようだ。

背景にはVDAの活動方針をめぐる加盟企業間の対立がある。

VDA内では乗用車のCO2排出削減強化に向けて欧州連合(EU)が打ち出した政策にどのように対応していくかをめぐって今春まで論争が行われていた。論争を引き起こしたのはVWのディース社長だ。

同社長は乗用車のCO2排出量を30年までに21年の目標と比べて37.5%削減するというEUの新規制に対応するためには、自動車の公的助成策を大きく改める必要があると主張。ディーゼル車の燃料である軽油の税優遇策と、動力源として化石燃料を併用するプラグインハイブリッド(PHV)の補助金をともに廃止し、公的助成の対象をEVに絞り込むことをVDAは要求していくべきだと訴えた。

VWは同社のディーゼル車排ガス不正問題が発覚した15年以降、EVへの経営資源配分を大幅に強化する方針に転換した。このため、公的支援をEVに絞り込むことはEUの新規制に対応するという大義名分だけでなく、VWの利益にも合致している。ディース社長は自らの提言が受け入れられなければ、VDAからの脱会も辞さない構えを示した。

だが、VDAには内燃エンジンやPHVを必要不可欠とするVW以外の自動車メーカーとサプライヤーも多数、加盟していることから、ディース社長の提言は大きな波紋を引き起こした。大型モデルを多く手がけるBMWとダイムラーにとってはディーゼル車とPHVは当面、欠かすことができない存在であり、BMWのハラルド・クリューガー社長は、特定の動力源に肩入れせずすべての動力源を平等に取り扱う「技術の寛容性の原則」は必要不可欠だと反論した。

この争いをめぐってはVW、BMW、ダイムラーの3社の社長とVDAのマッテス会長が3月に協議。EVだけでなくPHVも助成の対象にするというVDAの要求方針を堅持することで合意が成立した。だが、立場の違いは解消されておらず、これがマッテス会長辞任の一因になったもようだ。

同会長の手腕に対するディース社長の不満も見落とせない。

マッテス会長は新しい方向性を力強く打ち出すというより、バランスを重視する利害調整型の人物。その仕事ぶりをサプライヤー大手のボッシュやコンチネンタルは高く評価していたものの、ディース社長はドイツ政府や欧州委員会に対し強い働きかけを行い独自動車業界の利益を政策に反映できる人物を求めていた。

自動車メーカーの役員は『フランクフルター・アルゲマイネ』紙に、「VDAではディーゼル危機以降、最大の会員企業であり販売数も最も多いVWといかにかかわっていくか、およびVDAは今後、どのような役割を担っていくべきかという問題が浮上していた」と語った。『南ドイツ新聞』によると、マッテス会長はVDA内の異なる意見を一つにまとめようと苦慮していたという。

IAAのフランクフルト開催、今回が最後の可能性も

IAAは近年、縮小傾向にある。今回は日本をはじめ国外の有力メーカーの多くが参加を見合わせており、出展数は2年前の前回を20%下回る800にとどまった。開幕第1週目の日曜日(今年は15日)までの来場者数も22万人強と2年前の前回(32万人)を大幅に割り込んだ。車両の電動・IoT化を背景に各社の開発投資が膨らみ、他分野の支出を削減しているという事情はあるものの、自動車業界内ではスタンドでの展示を中心とした従来型の見本市のコンセプト自体に問題があるとの見方が強まっている。BMWのニコラス・ペーター取締役(財務担当)は「自動車見本市の存在意義は変わった。今後は製品展示を減らし、技術を中心に据えるべきだ」と語った。

同社は今回、IAAの展示面積と予算を3分の2削減。代わりに自社イベント「ネクストジェン」を地元ミュンヘンで6月に初開催した。

IAAをフランクフルトで開催することにもVDAの内部から批判が出ている。出展・宿泊費用が高いなどコストがかさむためで、次回は開催都市を変えることも視野に入れている。ベルリンとケルンが具体的な候補と目されている。

米ラスベガスで毎年1月に開催される家電見本市「CES」には近年、自動車メーカーが出展している。これを念頭にIAAをべルリンで開催し、同地で9月に開催される家電見本市「IFA」と連携させるという案もある。

IAAの開催地を毎回、変えることも選択肢の一つだ。BMWのペーター取締役は見本市の開催を止めることもあり得るとしている。VDAはIAAの次回開催地を来年初頭に決定する。

IAAは1951年以降、一貫してフランクフルトで開催されてきた。同市最大の見本市であり、開催地の変更は同地の見本市会社や宿泊飲食業界に大きな痛手となる。