2015/11/25

コーヒーブレイク

最後の羊飼い~ルーマニア

この記事の要約

ルーマニアで数百年にわたって営まれてきた伝統的な羊飼い業が姿を消しつつある。冬の半年を外で過ごす生活は、スマホを手に年数回休暇へ出かけるような、今の社会になじまないからだ。 自ら「俺が最後の世代になるだろう」というアード […]

ルーマニアで数百年にわたって営まれてきた伝統的な羊飼い業が姿を消しつつある。冬の半年を外で過ごす生活は、スマホを手に年数回休暇へ出かけるような、今の社会になじまないからだ。

自ら「俺が最後の世代になるだろう」というアードリヤン・マルティンさんは30歳を少し超えたばかり。カルパチア山脈の高地にあるジナ村に住む。秋になると羊を交配させ、11月になると空模様と大気を読む。だんだんに空が暗くなり、氷が張りそうになると、もじゃもじゃな羊のマントを羽織り、羊800頭とロバ8頭、犬を連れて高地から谷へ降りる。羊は雪に耐えられないため、雪のないところへ移動するのだ。森から森へとエサのある場所をたどって西へ向かう。終点は400キロメートル離れたスラジ。春に子羊が生まれると、ようやく帰途に就き、村へ登る。

ジナ村では男は羊を飼い、女は家を守ってきた。マルティンさんの父親も祖父も同じことをやり、当たり前のこととして家業を継いだ。国境の検査が厳しくなかった昔はポーランドや黒海まで足を延ばすこともあったという。

しかし、ジナ村の200世帯のうち、伝統的な羊飼いは15~20世帯に減った。30代初めのマルティン夫妻は最年少だ。担い手が現れない理由は金銭ではない。羊飼いは以前は羊毛を売っていたが、今ではアラビア諸国に子羊肉(ラム)として1頭800ユーロで売れる。ルーマニアの羊・ヤギの輸出額は1億5,000万ユーロに上り、欧州の主要生産国だ。

問題は1年の半分を家から離れなければならない「半遊牧民生活」の厳しさにある。このため、羊を扱う家も歩いて群れを移動させるのではなく、「文明の利器」トラックを越冬地への輸送手段として使うことが増えてきた。

最後の羊飼いの妻レニツァは、自分で作った乳製品を国内でしか売れないことが少々不満だが、野菜もチーズも豚肉も、必要なものはほぼ自給。食卓がたわむほど豊かな生活に満足と話す。3人の娘は「シビウのギムナジウムに通うことになるでしょう」とさっぱり話し、過ぎ行く時代を惜しむ様子はない。